聞き手;久しぶりに「教会員に聞いてみました」のページを更新します。今回は、昨年のクリスマス礼拝で洗礼を受けられた式田 隆さんに登場していただきます。式田さん、洗礼おめでとうございました。
式田兄;ありがとうございます。
聞き手;式田さんは、1年ほど前までは、先にクリスチャンになっておられた奥様を教会に車で送迎しておられたそうですね。
式田兄;そうなんです。体が弱い妻は、自分では教会に行けないので、教会の門の前まで送り迎えしていました。それが、自分が教会の門をくぐって、礼拝に参加するようになり、ついにクリスチャンになるなんて、夢にも思っていませんでした。
聞き手;そうですね。神様のお導きは不思議ですね。今はどんな心境ですか。
式田兄;イエス様に救っていただいて、妻と一緒にクリスチャンとして礼拝に出られることが、何よりも嬉しいです。やがていつの日か妻の行く天国に、自分も一緒に行くことができるのは、なんと感謝なことかと思います。
聞き手;本当によかったですね。では、お証しをどうぞ。
私が教会の礼拝に足を運ぶようになったのは、妻が体調を崩した事がきっかけでした。それは、今年の1月末のことでした。それからは、都合つくかぎり礼拝に参加しました。
礼拝で岩聞先生のメッセージを何度も聞くうちに、本当に救いが必要なのは、自分自身ではないのかと思う様になりました。
ですが、子供の頃の純粋な気持ちを失い、汚れきった心で神様を信じることは、容易ではありませんでした。数多くの罪を背負っているこんな自分が、ほんとうに赦していただけるのか、と疑っていました。
初めて教会に来てから数ケ月がたちましたが、気持ちの整理も出来ずにいるときに、ある日の礼拝で、「理解してから、余裕ができてから、それから信じるというのでは、主を自ら締め出していることになる。恵みを先延ばしにせず、純粋な心で、素直に謙虚に主を迎えよう。」というメッセージが、私のなかの何かを取り払ってくれました。
私は、信じようと思いました。岩間先生に、信じたいのですが何もわかりませんとお話ししましたところ、頭で理解しようとしてもダメです、信じようとする純粋な気持ちが大事です、と言われました。
学びの中で、導かれるままに、神様の前に今までに私が犯してきた罪を悔い改め、イエス様が私の罪のために十字架にかかってくださったことを信じました。そして、「子よ、しっかりしなさい。あなたの罪は赦された」(マタイ9:2)と御言葉で祈っていただき、私の罪が赦されました。
これからは、命の御言葉をしっかり握りしめ、何事にもつぶやかず、疑わず、「イエスは主なり」と申し上げつつ生きる者となりたいと思います。