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2013.4.21 礼拝メッセージ: 「良い牧者キリスト」  ヨハネ10:1−18

イエスはこの福音書の中で、ご自分を世に表すために、何度も「わたしは…です」と言われたが、ここでは門(9節)、良い牧者(11節)と言っておられる。いずれも主がどういうお方かをよく示す。

 

前章で、イエスによって目が開かれた盲人が主と再会したとき、主は、心がかたくななパリサイ人たちを痛烈に批判された(9:39,41)。イエスの思いは、手軽に癒されている哀れな群衆に対する愛だった(マタ9:36、エレ8:11)。民を養う本当の牧者がいない現状に心を痛め、ご自身こそ真の牧者であることを示された。

 

1.イエスは羊の門

 

イエスは、羊が囲いの中に入るために通る門だ。羊(=我ら)が入る囲いとは、魂の救いを得て、神との交わりに生きることだ。旧約時代、民が神に近づくためには、贖いの犠牲が必要だった。イエスは世の罪を取り除く贖いの小羊となられた(ヨハ1:29、ヘブ9:12)。

 

主の血の贖いを受けた者(=信じた者)は、必ず魂の救いを得、自由と満足を得る(9節)。罪の赦しを得、罪の束縛から解放され、平安を得る。明確な救いを得るには、認罪−悔い改め−十字架信仰という門を通ることが必要だ。

 

2.イエスは良い牧者

 

良い牧者(11節)の条件は、@羊への犠牲的愛、A羊の健康状態を見分ける力、B羊を健全に養い育てる力を持っていることだ。

 

@主は我らを犠牲的な愛で愛してくださった(ヨハ15:13、1ヨハ3:16)。我らは愛していただくに値しない者、罪のために滅びゆく者で、神を知らず、自分勝手な生き方を続けていた。そんな我らを、ご自分のいのちを投げ出して救ってくださった。徹底して御心に従い、ご自分から十字架にかかられたのだ(18節)。十字架は主の従順の究極の姿だった。

 

Aイエスは我らをよく知っておられる(14節)。牧者は羊を一匹ずつよく知っている。羊はこういう羊飼いに信頼してついていく。主は我らがどういう者かを知っておられる。我らは罪が赦されていのちを得る。さらに聖潔の恵みをいただいて、もっと豊かないのちに生きる者となる(10節)。救われても、なお神の御心に従えないという自分の本性がわかり、主の前に出て、自我を十字架につけた者は、キリスト内住の恵みをいただき、内側から強められる(ピリ4:13)。

 

Bイエスは我らを健全に養ってくださる。羊飼いは羊を良い牧草、清水のもとに導き、十分な養いを与える(詩23:1)。羊飼いのもとにいれば羊は安心できる。主は我らを聖霊の恵みによって正しく養い、導いてくださる。養われている証拠は、我らが主のごとく(ヨハ5:19、8:29)ただ御心のままにと主に従っていることだ。

 

従う者でありたい。平日の歩みにおいて、主を喜ばせることにどれほど心を用いているかが問われる。イエスは、神の御心に従われたから神様に愛されたのだ(17節)。主の養いとは、我らを虚しくさせて神の御心に従わせる養いだ。良き牧者キリストのもとにある豊かな魂の養いをいただこう。

 

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