宝塚栄光教会 HOME アクセス お問合せ

礼拝へようこそ

集会案内
礼拝
教会学校
聖書の学びと祈り会
はじめての方には
教会からのお知らせ
チャーチニュース
教会員に聞いてみました。
キリスト教 Q&A
礼拝へようこそ
岩間牧師の紹介
24時間希望のダイヤル
セレモニー
教会のアルバム
一覧に戻る 前へ 次へ
2013.6.9 礼拝メッセージ: 「御国を激しく攻める者」  マタイ11:1−19

獄中のヨハネはイエスの活躍の噂を聞き、使いを主のもとに送り、「おいでになるはずの方は、あなたですか…」(3節)と問わせた。ヨハネはイエスのことを疑ったのでも、イエスの救い主たることを否定したのでもない。彼のメッセージは“イエスは救い主”ということだったはずだ(ヨハ1:29)。イエスを裁き主としての救い主と捉えていたから確かめたのかというと、そうでもない。「キリストのみわざ」(2節)とは、「目の見えない者が見、足のなえた者が歩き…」(5節)という恵みの御業のことで、彼はこれが救い主の働きとみていたのだ。彼は、イエスはキリストなりとの正しい信仰を堅持していた。

 

では、ヨハネは何を問うたのか。3節は明白な疑問文ではなく、“来るべき方はあなたです”との告白だ。「キリストのみわざ」と聞いて、確信を強め、告白したのだ。

 

「おいでになるはずの方は、あなたです」とは、我らの告白でもある。我らは、罪のために心の目が閉ざされており、足がなえて真っ直ぐに歩けず、魂がツァラアトに冒されており、神の声が聞こえず、魂が死んでおり、心が貧困だった。こういう我らのために、キリストは十字架にかかられた。

 

我らは福音が聞かされた。悔い改めと信仰によって、罪の赦しが与えられた。さらに、自我の始末とキリストの内住により、主の前に立てる聖い者になる。“おいでになるはずのキリストはあなたです”と告白したい。

 

イエスはヨハネに関して「…女から生まれた者の中で、バプテスマのヨハネより…」(11節)と絶賛された。彼の人格のゆえではなく、主の道を備える使命のゆえにだ。我らは主からどんな証しがいただけるか。

 

主は彼のことを「しかも、天の御国の一番小さい者でも、彼より偉大です」(11節)と言われた。我らへの大きな励ましだ。「天の御国の一番小さい者」とは我らのことだ。十字架で罪赦され、天の御国の約束が与えられた我らだが、天国では最も小さい者だ。ところが、その我らがヨハネよりも大きいと言われる。ヨハネは地上のイエスを見て証しをしたが、十字架は見ていなかった。我らは肉眼でイエスを見ないが、魂の眼で十字架を見た。ヨハネは神の小羊を指し示したが、我らはこの主を内に宿すことができる。罪を赦され義とされ、さらに内に主を得て聖とされるという特権が与えられている。

 

ただ特権を自分のものとするか否かは、こちらの姿勢次第だ。 天国を強奪するほど激しく渇いて(12節)、信仰をもって求めていくかどうかだ。聞く機会があるのに従わないなら、自分のものにならない。

 

「笛」(17節)はイエスの喜びのメッセージ、「弔いの歌」はヨハネの悲しみのメッセージだ。いずれもユダヤ人は、機会があったのに従わなかった。我らは今、まず弔いのメッセージを聞くべきだ。そして、十字架による罪の赦しの喜びの歌を聞くのだ。機会はある。

 

信じて従おう。激しく求めよう。天の御国を激しく攻める者にされよう。

 

動画を見たい方はこちらから

 

PAGE TOP
Copyright(C)2007 宝塚栄光教会. All Rights Reserved.
〒665-0021 兵庫県宝塚市中州1-15-9
TEL:0797-73-6076 FAX:0797-73-6075