宝塚栄光教会 HOME アクセス お問合せ

礼拝へようこそ

集会案内
礼拝
教会学校
聖書の学びと祈り会
はじめての方には
教会からのお知らせ
チャーチニュース
教会員に聞いてみました。
キリスト教 Q&A
礼拝へようこそ
岩間牧師の紹介
24時間希望のダイヤル
セレモニー
教会のアルバム
一覧に戻る 前へ 次へ
2013.6.30 礼拝メッセージ: 「主イエスが与える水」  ヨハネ4:1−26

イエスは、ユダヤからガリラヤに行かれるのに、「サマリヤを通って行かなければならなかった」(4節)。歴史上の理由から不和の関係だったユダヤ人とサマリヤ人は、普通は他の道を行き来していたのだが、イエスには必然的な理由があった。救いを必要としている魂がいることを知っておられたのだ。

 

第六時ごろ(昼の12時ごろ)イエスが旅の疲れを覚えて、スカルの町の共同の井戸端に座っておられると、一人の女性が水を汲みに来た。水汲みは普通、涼しい早朝にするものだが、彼女はあえて暑い盛りのその時を選んで水を汲みに来た。わけあって、町の女性たちと顔を合わせたくなかったのだ。しかし、はからずも彼女はそこでイエスと出会った。それは神の時だった。

 

イエスは彼女に一杯の水を求められた。そこから、イエスの彼女に対する魂の取り扱いが始まった。主が「神の賜物」「生ける水」(10節)を示されると、彼女の内に渇きが起こされた。主はすかさず、主が与える決して渇くことがない水を紹介され、しかも、永遠のいのちへの水が湧き出る泉が与えられると約束されて、彼女の渇望をさらにかき立てられた。

 

彼女はその生ける水をイエスに求めた。ところが、主は夫を連れて来るように言われた(16節)。彼女が町の人との接触を避けていたのは、夫のことで後ろめたいものがあったからだ。彼女は今まで、次々と5人の男性と暮らし、今の男性とも正式な結婚をしていなかった。正しくない異性関係こそ、彼女の罪だった。

 

彼女は、自分の暗闇の部分にイエスからメスを入れられ、ごまかすようにして、礼拝のことに話題を移したが(20節)、主はそこからも彼女を導かれた。すなわち、真の礼拝がどういうものかを教えられ、サマリヤ人特有の偽りの礼拝になじんだ彼女の心を、天地を創造し支配し、またすべての者を愛しておられる父なる神に向けられたのだ。

 

彼女は救われた。そして、人々を避けていたあの彼女が「来て、見てください…」(29節)と町の人々に証しした。人々は続々とイエスのもとへ導かれ(30節)、多くの者が救いにあずかった(39節)。主は2日間の滞在中に集会を開かれ、福音を語られた。人々は自分の耳で福音を聞いて、イエスを信じた(42節)。一人の女性の救いが導火線になり、スカルの町にリバイバルのみわざが起こされた。

 

我らの間にも神のみわざが起こされる。しかし、その前にきちんとされるべき事がある。罪の問題と礼拝の問題だ。両者は不可分の関係にある。

 

本来向かうべきところに向かっていない我らの心の状態こそ、我らの罪だ。真の神を霊とまことによって礼拝することが、神の被造物であり、神から愛されている我らの魂のおるべきところなのだ。

 

イエスは我らに、その罪の問題の解決を求められる。自分では解決できない。だから、主が十字架のうえで贖いを成し遂げてくださった。我らが自分の罪を悔い改め、十字架を信じるなら、我らの罪は赦され、まことの神を礼拝する者となる。この救いこそ、イエスが与えてくださる生ける水だ。

 

さらに、この水を得た者は、内に泉が起こされ、永遠のいのちへの水が絶えず湧き出る者となる。周囲の人々をも潤していく者となるのだ。これは、赦罪だけでなく、内に主を宿し、いつでも喜んで主に従うという聖潔の恵みだ。

 

我らのうちにこの生ける水への渇きと、み言葉に聞き従っていく謙虚さがあるなら、主イエスは必ず与え給う。

 

動画を観たい方はこちらから

 

PAGE TOP
Copyright(C)2007 宝塚栄光教会. All Rights Reserved.
〒665-0021 兵庫県宝塚市中州1-15-9
TEL:0797-73-6076 FAX:0797-73-6075