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2013.8.24 礼拝メッセージ: 「すべての人を救う神の恵み」  テトス2:11−15

使徒パウロが若い弟子テトスに当てた手紙だ。彼はクレテの教会の牧師として派遣されていた。彼はパウロから信頼され、「同じ信仰による真実のわが子」(1:4)と証しされていた。

 

クレテ教会の実情は、かなり厳しいものがあった(1:10-13)。反抗的な者、空論に走る者が割礼ある者の中におり、教えてはいけないことを教え、家々を破壊しているという。まことの神を知る者が人々を惑わすとは、何ということか。

 

そういう所に若いテトスが遣わされた。彼らの信仰を健全にするためだ(1:13)。パウロはテトスに、この人々に健全な教えにふさわしいことを語れ(1節)と言う。健全な教えにふさわしいこととは、十字架と復活の福音だ。多くの者は耳ざわりのよい話を求める(Uテモ4:3,4)。しかし、パウロは、健全な福音を語れと言う。健全な福音、それが11-14節に示されている。

 

1.キリストは我らのためにご自身を捨てられた。主イエスは、ただ一度だけ十字架上にご自身を献げ、我らの受けるべき罪の罰を受け給うた(Uコリ5:21)。旧約の犠牲は年々献げられたが、不完全だった。しかしイエスは、一度にして完全な贖いを成し遂げられた(ヘブ10:10,14)。

 

2.キリストの十字架は、我らを贖い出すためのものだった。傷も汚れもない小羊のようなキリストの尊い血(1ペテ1:18,19)が流された。それは、@罪から贖う血だった。罪を認め、悔い改め、十字架を信じて、我らは赦罪と義認の救いが与えられ、人生が変えられる。A聖める血だった。キリストの血によって、我らは神ご自身の特選の民として聖められる。自分の努力でではない、血潮を信じる信仰によって与えられる恵みだ。B良いわざに熱心な者にする。聖められたら、神の御心に従うことを最大の喜びとする者になる(詩40:8)。良いわざとは御心への従順にほかならない。

 

何と大いなる贖いか。これが我ら全て信じる者に与えられている。まず罪の赦しをいただこう。平安と感謝の生活はここから始まる。先に延ばしてはならない。主は待ち給う。そして、救われたら聖潔の恵みを求めよう。神は、我らがいつまでも自我と肉の思いに振り回される、不勝利の荒野をさまよい続けることを望まれない。

 

「すべての人を救う神の恵み」が現されている。神の恵みは、全ての者に罪の赦しと義認を与え、全てのクリスチャンを御子の血潮と聖霊をもって聖める。「すべて」だが、こちらの信仰と従順が必要だ。神は機械的に救い給うのではない。こちらがどれだけ渇き、真剣に求めているかを見て、働かれるのだ。すでに小羊はほふられた。贖ってくださる主を信じよう。

 

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