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2013.11.10 礼拝メッセージ: 「信仰による救い」  マルコ5:25−34

イエスのもとに、会堂管理者ヤイロが、大病を患って死にかけているひとり娘を救ってほしいと願い出てきた。イエスは、すぐに彼の家に足を向けられた。ところが、一人の女性が群衆に紛れ込み、イエスの後ろから近づいて、着物にさわった。

 

彼女は12年間も長血を患っていた。彼女は多くの医者にかかり、財産を医療費につぎ込んだが、病は治らず、かえって悪化するという気の毒な女性だった。ただ肉体的な苦しみ、経済的な困窮だけではない。外出を禁じられ、青春時代をふいにした悔しさに打ちひしがれた日々を送っていた。

 

そんな彼女の耳に、イエスが町を通られるというニュースが伝わると、彼女は居ても立ってもおれず、ひそかに外に出、群衆に紛れ込んだのだ。しかし、正面からイエスに近づくことはできず、後ろからイエスの着物にさわった。彼女には、イエスに手を置いていただかなくても、「お着物にさわることでもできれば、きっと直る」(28節)という確信があったのだ。

 

イエスの着物にさわった瞬間、彼女は病が癒えたことを感じた。彼女が信じたとおりになったのだ。彼女はすぐに引き返して家に帰ろうと思ったが、そうすることができなくなった。イエスが足をとめ、周囲を見回しながら、着物にさわった者が誰かを尋ねられたのだ。

 

イエスに、誰がさわったかわからないはずはなかった。しかし敢えて尋ねられた。それは、彼女が自分から名乗り出ることを求められたのだ。

 

弟子たちは、群衆がイエスに押し迫り、肩と肩、手と手が触れて、誰もがさわっているような状況なのに…と反問したが、癒されることを確信してさわった者が一人いることを知っておられたイエスは、尋ね続けられた。

 

彼女は黙って帰ることができなくなり、おずおずとイエスの前に進み出、自分の身に起こったこと、「真実を余すところなく打ち明けた」(33節)。イエスはこれを待たれたのだ。自分の身に現された救いのみわざを証しすることが必要だったのだ。

 

イエスは彼女に、「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです」と言われた。彼女を癒やしたのはイエスであることは言うまでもないが、彼女が信じたから癒やされたのだ。信仰による救いだ。

 

神のみわざは、信仰のあるところに現される。私たちの魂の救いも、行いによってではなく、信仰によって与えられた恵みだ(エペソ2:8)。自分の罪を神の前に悔い改め、キリストの十字架が自分のためだったと信じて、罪の赦しの救いが与えられる。

 

イエスは彼女に、「安心して帰りなさい。病気にかからず、すこやかでいなさい」と言われた。イエスは、罪を犯した女性に「行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません」(ヨハネ8:11)と言われたことがある。もう罪を犯さない生涯、もう病気にかからない生涯があるのだ。十字架による全き救いだ。

 

イエスに近づこう。この女性は後ろからでなければイエスに近づけなかったが、私たちは正面から大胆にイエスに近づくことができる。十字架の血潮があるからだ(ヘブル10:19-22)。

 

信仰による全き救いをいただいて、なおイエスに従っていこう。病の癒やしやリバイバルのみわざも、私たちが主を信じれば必ず成る。

 

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