宝塚栄光教会 HOME アクセス お問合せ

礼拝へようこそ

集会案内
礼拝
教会学校
聖書の学びと祈り会
はじめての方には
教会からのお知らせ
チャーチニュース
教会員に聞いてみました。
キリスト教 Q&A
礼拝へようこそ
岩間牧師の紹介
24時間希望のダイヤル
セレモニー
教会のアルバム
一覧に戻る 前へ 次へ
2013.11.17 礼拝メッセージ: 「信仰による歩み」 ヘブル11:1−12

アベル以下の信仰の勇者たちが持っていたその信仰とは、望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させる信仰だ(1節)。永遠の天の故郷(13,16節)は、まだ現実に手にしていないし、この目で見ていないが、すでに保証されており、確信が与えられている。


それを保証するものは、第一に罪の赦しの救いだ。罪の悔い改めとキリストの十字架を信じる信仰によって、赦罪と義認が与えられる。この救いなしには、我らには希望はない。第二に聖霊だ。救われたのにまだ神に喜ばれない己の姿を認め、絶望したところから十字架を仰ぎ、一切を十字架に付けた魂に、聖霊によってキリストが内住される。この聖霊が神の御国の保証、聖霊の証印、天国の手付金だ(エペ1:14)。


まずこの保証を握りたい。大切なことは、心から渇いているか、他の何ものにも目もくれずに一途に求めるかだ。渇くところから、万事をなし給う主への信仰が与えられる。救いと聖潔の全き贖いをいただいて、そこから万事をなし給う主への信仰が生まれる(ロマ4:17,18)。自己の無能、神の大能だ。


勇者たちが称賛された、そのような信仰を我らもいただきたい。我らを救い、潔め給う神は、求め従う者を確実に、まだ見ない天の故郷に導き給う。筆者は具体的に人物を挙げる。

 

1.アベルの献げ物がすぐれていたのは、謙虚に罪を自覚し、血による贖いの必要を知ったうえでの献げ物だったからだ(9:22)。彼はそのいけにえによって、義人であることの証明を得た。赦罪と義認だ。キリストの十字架の血潮を通して、主は我らの罪を赦し、義と認め、受け入れ給う。彼は、全焼のいけにえとして羊を祭壇に乗せた。神の御旨のままに従う魂として自分自身を献げたのだ。そういう献げ物を神は喜んで受け入れ給うた。

 

2.エノクは神とともに歩んだ(創5:21-24)。神と共なる歩みとは、キリストを内に住まわせて歩む歩みだ。我らもそのように歩みたい。彼は死を見ずして天に移された。信仰によって神と共に歩む者が天に携挙される。信仰がなくては、神に喜ばれることはできない(6節)。神がもっとも喜ばれるのは信仰だ。

 

3.ノアは主に信頼し、み言葉に従う正しい人だった(創6:9)。信じて従って箱舟に乗り込んだから、彼は洪水から救われた。我らもキリストの十字架によって、罪と滅びから救われる。神の裁きと滅びは、まだ見ていない事がらだったが、彼は、確実に到来するとみ言葉によって確信した。そのため彼は、信仰義認の継承者となった。信仰義認を自分自身も受け、次の世代にも受け継がせていく者だ。神は、人類との契約のしるしとして虹を設けられた(創9章)。虹に象徴される主の十字架は、いつも我らの前にあり、誰でも見ることができる。十字架の救いは見上げる者全てに与えられる(民21:8)。この恵みを受け継ぐ者にされたい。

 

4.アブラハムはみ言葉に従い、国も親族も献げ、行く先を知らないで出て行った(創12:1-4)。その結果、祝福の基となった。彼は、真実な主への信頼のゆえにみ言葉に従って出発し、他国人のようにして天幕に住んだ(9)。地に属さないという姿勢を貫いた(Tペテ2:11)。過ぎ去ってしまう世の富や地位や名誉よりも、さらにすぐれた天の故郷(16節)がある。それは、今ここで得られる天の所の歩み、すなわちキリスト内住の恵みだ。これこそ堅い基礎の上に建てられた都だ(10節)。それは、神ご自身がその都を設計し、建設し給うたものだ。キリストが十字架の上に全き贖いを完成し給うた。我らは信仰によって受けることができる。

 

彼は幕屋に住んだ。我らも、まず祭壇を築こう。礼拝と献身と祈りの祭壇だ。礼拝の祭壇、献身の祭壇、祈りの祭壇はどうかを点検させられたい。

 

信仰による歩みがいかに祝されたものか。この世からは愚かに見える。しかし神はいかに喜び給うか。信仰によって出発をしよう。主を信じて従う歩みを始めよう。

 

動画を見たい方はこちらから

 

PAGE TOP
Copyright(C)2007 宝塚栄光教会. All Rights Reserved.
〒665-0021 兵庫県宝塚市中州1-15-9
TEL:0797-73-6076 FAX:0797-73-6075