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2014.3.2 礼拝メッセージ: 「祝福の基」  創世記12:1−9

アブラハムは我らに信仰の模範を残している。ユダヤ人はアブラハムの子孫を自認したが、真のアブラハムの子は信仰による者だ(ガラ3:7)。我らも信仰によってアブラハムの子にしていただける。

 

1.神の命令と約束(1-3節)

 

アブラム(当時の名)は、多くの富を持ち、人生の絶頂にあった。そのとき神の命令が下った(1節)。彼の信仰の出発は分離から始まった。神の命令には約束が伴った(2節)。口語訳では「…あなたは祝福の基となるであろう」だ。“恵まん、恵みとなるべし”とは小島伊助師のメッセージだ。我らも、信仰によって祝福の基にされる。

 

2.アブラムの従順(4節)

 

神はアブラムに祝福の約束を与えられた。我らに求められるのは従順だ。従うか従わないかだ。アブラムは不問即座の服従で応じた。それは信仰の応答だった(ヘブ11:8)。

主イエスは、主の母・兄弟の訪問を受けたとき、神のみ言葉を聞いて行う者こそ主の母、兄弟だと言われた(ルカ8:21)。神の祝福は、み言葉に聞くだけの者ではなく、聞いて従う者に与えられる(ヤコ1:22)。

 

3.従順の結果(7-9節)

 

神はアブラムに顕現(けんげん)された。言葉ではなく、ご自身を現されたのだ。神は、「示す地」(1節)に対して「この地を与える」(7節)と言われた。約束の保証だ。これに対して彼は祭壇を築き、天幕を張った。献身の生涯と旅人としての生涯の始まりだった。従った者がこの生涯に進む。

 

4.アブラムの試練(10節)

 

そんなアブラムも失敗をした。飢饉(ききん)が起こったとき、神の言葉も神の顕現(けんげん)もないまま、祈りもしないで、ただ肉の思いだけでエジブトに下ったのだ。その結果、彼はあやうく妻に罪を犯させるところとなった。やはり自分の身が一番可愛いという肉の性質が出た。

 

しかし、彼はすぐに回復された。祭壇を築いた所に戻ったのだ(13:3,4)。彼は帰るべき所を知っていた。我らも、十字架のもとこそ帰るべきところだ。明確に救われた魂は、ここに帰れる。

 

我らも信仰をもって出発し、祝福の基とされたい。我らの信仰の旗印は何か。

 

@十字架信仰。キリストの十字架の贖いに対する信仰だ。私のような者のために、罪なき神の子が十字架にかかり、完全な救いを成し遂げ給うた。我らに義認の恵みを与え、さらに聖潔の恵みを備え給う。自我が十字架で始末され、キリスト内住の信仰をいただいて、主のものにされる。まず祭壇を築こう。十字架のキリストを仰ぐ信仰に堅く立とう。祭壇中心の生活を送ろう。いつも十字架を仰ごう。

 

A臨在信仰。そば近く在し給う全能の神への信頼に生きるのだ(詩16:8)。ちょっとした事で動揺し、不安になるのではなく、内に在す主によって、動かぬ平安をいただきたい。

 

ロトは確信のないまま、不安を持ちながら、ただ叔父(おじ)に追随(ついずい)しただけだったため、あとでとんだ災難に遭った。我らは、信仰をもって意志をもって主に従おう。神が我らに求め給うは信仰だ(ヘブ11:6)。見ずして出発したアブラハムに倣って、出発しよう。

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